生物化学兵器禁止条約

ドイツの化学弾投射器 cc Bundesarchiv, Bild

【化学兵器禁止条約】

 イラン・イラク戦争末期の1988年、イラク軍が国内のクルド人独立運動を粛正するために化学兵器を使用。数千人の住民が殺戮された光景は、世界中の人々を震撼させました。近年では2017年にシリアで化学兵器が使用されたり、北朝鮮の後継者の一人だった金正男氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港でVXガスを使って殺害された事件も発生しました。化学兵器は、「実際の戦闘で使用される」レベルの危険な兵器として再認識されるようになってきたわけです。

 化学兵器全廃に関する国際世論の高まりとともに、各国の動きも活発になり、92年には、化学兵器禁止条約が採択されました。この条約は、批准国が65カ国に達した時点で発効。発効後、10年で化学兵器の全廃することを定めています。96年10月末日をもって、ハンガリーが65番目の批准国となり、同条約は、97年5月に発効。2020年現在、締結国は192か国。未締結国はイスラエル(署名国)、北朝鮮、エジプト及び南スーダンです。

 条約発効後、査察実行機関としてオランダのハーグに化学兵器禁止機関(OPCW)が設置され、2020年現在までに84か国の軍事・産業工場で5000回以上の査察が行われました。日本では、オウム真理教の建設したサリン製造工場(通称第7サティアン)に対する査察が98年9月に行なわれましたが、それを行ったのがOPCWでした。日本は37番目の批准国です。中国の要請で、旧日本陸軍が中国内で貯蔵していた化学兵器の処分を行いました。

 98年5月には、オランダのハーグに化学兵器廃棄監視機関が新設されています。化学兵器に関する国際条約には1925年に発効した「毒ガス使用に関するジュネーブ議定書」がありますが、これは化学兵器の「使用」のみを禁止するものでした。しかし、今回の禁止条約は全面改訂して、使用のみならず、開発も、生産も、移転や取得も、貯蔵することも、保有することも禁じていますから、事実上の全廃条約となります。

【生物兵器禁止条約】

 生物兵器のほうも、化学兵器と同様、1925年のジュネーブ議定書で使用の禁止が謳われました。61年には国連総会で使用禁止の決議が採択されましたが、当初、各国は化学兵器と生物兵器を一括して禁止するよう努力してきたため、なかなか交渉が進まず、結局、合意が容易だった生物兵器のみを切り離し、75年に生物兵器禁止条約として発効しています。同条約は、平時においても開発、生産、貯蔵と保有を禁止する内容となっており、言葉上では全廃条約といえるのですが、同条約のネックは、検証規定がないこと、つまり、条約が本当に遵守されているかどうか検証できないことで、この点、査察権限がある化学兵器禁止機関(OPCW)や核査察を行なう国際原子力機関(IAEA)などには一歩及ばない内容となっています。1995年から年1回行なわれているアドホック専門家会合では、この検証規定の問題や法的規制などについて検討が進められています。

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