世界の紛争

レバノン内戦 cc James Case

 冷戦期、アメリカを中心とする自由主義陣営とソ連を中心とする共産主義陣営は、面と向かって戦争することを避け、極力第三者を矢表に立てて、いわゆる代理戦争を行ってきました。朝鮮半島の共産化を阻止するために、ソ連、中国に対してアメリカが全面対決した朝鮮戦争、ベトナムの共産化を封じこめるためにアメリカ軍が介入したベトナム戦争、ソ連の南下を阻止するためにアメリカが間接的に介入したアフガニスタン紛争などは、その中でも最も米ソ両国が前面に出た戦争でしたが、それでも、アメリカとソ連が直接戦うことはなかったのです。

 ただし、第二次世界大戦から現在に至るまでの紛争が、すべて米ソの対立から生まれたわけでもありません。以下では、第二次世界大戦後現在までに起こった様々な戦争、紛争を、ざっと五つのグループに分けて振り返ってみましょう。

1.独立戦争

 40年代後半からは東南アジアで、また60年代にはアフリカで、相次いで植民地からの脱却と独立のための紛争が発生しました。

 40年代後半に東南アジアで一斉に巻き起こった独立運動は、第二次世界大戦中、各地に進駐した日本軍が戦後の独立を約束したことがきっかけとなっており、45年のインドネシア独立戦争に始まった独立の動きは、マレーシア(マラヤ)、ラオス、ベトナムに飛び火して行きました。

 アフリカでは、「60年代はアフリカの世紀」とまで言われたほど、60年代に独立の動きが活発化しましたが、問題は、独立を「許可」した西欧諸国に対する紛争はほとんどなく、「独立後の実権を誰が握るか」で内戦が多発したことにあります。アフリカではこういった内戦が現在まで続いている国があり、せっかく60年代に独立したものの、その後の内戦で国作りのチャンスを逃してしまった国が多いのは残念です。

2.民族・宗教戦争

 数え方によって多少の開きはありますが、90年代に繰り広げられた紛争は、2020年現在までで64件あります。このうち、純粋に政治的紛争は20件のみで、その他は民族や宗教がらみの紛争とされています。

 人間は、肉体的に脆弱な体質ゆえに太古から集団で行動してきましたが、その過程で血縁や地縁で結ばれ、言語、価値観、風俗、習慣等を共有する集団ができました。それら個々の集団は、他の集団と区別するため、また集団の結束を促すために、さなざまな「看板」を掲げてきました。「民族」や「宗教」は、その「看板」の一つだったわけです。

 さて、これらの「民族」は、領土を拡大するために互いに戦争をし始めます。戦争に勝ったほうは負けたほうを自分の「国家」という枠組みの中に入れて統治するわけですが、いかんせんお互いの「民族性」が違うものですから、そのまま統治することは至難の業です。国によっては言語の統一を行なったりして、民族性をできるだけ排除する努力をしますが、国の民族性が簡単に消え去るものではありません。ここで登場するのが「宗教」という便利な「看板」だったのです。

 例えば中世ヨーロッパを統一したローマ帝国は、その後期にキリスト教を国教とし、数々の宗教会議を経て教義の統一を図るなど、宗教による国家の統一を徹底して目指しました。個々の民族が持つ独自の宗教を、統一した宗教体系の中に取り込むことで、文化や習慣の違う「民族」集団に「宗教」という新しい接点を与え、できるだけ均質な国家構成を目指したわけです。15世紀、それまでアラブ人によって征服されていたイベリア半島をスペイン国王が奪い返したとき(レコンキスタ)、イスラム教徒やユダヤ教徒を徹底的に弾圧して、キリスト教への改宗を強制しましたが、これも国家の統一を目指す統治者が宗教を道具にした良い例です。

 しかし、いくら宗教の統一をもくろんでも、圧力に屈せずに、独自の教義を守り抜く集団もあります。宗教は自分が属する集団を他の集団から「区別」するためにも使われたからです。例えばユダヤ人やアルメニア人等は、ユダヤ教、アルメニア正教の信者のみで作られる民族集団で、その教義を守り抜くことは、同時に自分の属する民族集団を守ることでもあったのです。「国家」が膨張していくと、結果的にこれらの民族・宗教集団をも取り込んでいくことになりますが、当然支配者側の宗教が優遇され、支配される方の宗教は冷遇または迫害されることになります。このような支配・被支配の関係は、例えば第二次大戦中のドイツのユダヤ人迫害や、最近では北アイルランド紛争の中に、なお生き続けていたのです。

 その一方で、国家の統一に失敗し、支配・被支配の関係がなくなると、当然これらの民族・宗教集団がむき出しになって、国家の再編成が起こり、さまざまな紛争を巻き起こすことになります。旧ユーゴスラビアやミャンマー、レバノン、旧ソ連等がその良い例です。

 本来、人の幸福と平和を願うはずの宗教が政治的な「看板」として使われているわけですから、政治的な紛争が宗教の違いから起こるものであるかのごとく見えるのも、無理のないことかもしれません。宗教は、その「使われ方」によって善にも悪にもなるのです。

3.宗教は、結局、世界の平和と安定にとっては障害でしかないのですか?

 そうではありません。障害になっているのは、宗教という仮面をかぶった集団です。イエスは、キリスト教徒ではありませんでしたし、ムハンマド(マホメット)もイスラム教徒ではありませんでした。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、その他さまざまな宗教団体が地球上に存在しますが、いずれも人間の頭で神を解釈して出来た集団であって、神の解釈の違いで、勝手に反目しあっている政治集団です。結局、これらの集団が精神世界を牛耳っているうちは、世界に平和と安定をもたらす鍵にはなり得ないのでしょう。

 その一方で、宗教が紛争の解決にからんだ例もたくさんあるということは知っていても損はないでしょう。実は、第二次世界大戦後の独仏和解、ニカラグア和平、ナイジェリア停戦、フィリピン民主化運動、南アフリカの黒人問題、ローデシア紛争解決、その他で、宗教的、精神的な調停工作が実を結んだ例がたくさんあります。普段は政治的、軍事的解決の陰で目立たない存在ですが、こうした地道な調停活動がもたらす信頼醸成の効果は見過ごしてはなりません。いずれにせよ、真の意味での「宗教」が「宗教という名の政治集団」を駆逐したとき、宗教は、本来の意義を再発見することになるのでしょう。

4.システム崩壊の結果としての紛争

 長い冷戦時代を終え、1991年末にソ連が崩壊し、二極構造が消滅するわけですが、こうなったらこうなったで、また複雑な問題が出てきました。冷戦時代の共産圏は、例えていうならば、ロシアを中心とするグループ企業とでも言うべき組織を保ってきました。つまり、親会社であるロシアが子会社であるソ連邦の各共和国と、東欧7か国を束ねてきたわけですが、91年に、グループの親会社が倒産したために、以後はそれぞれ独立して生存の道を模索しなければならなくなったわけです。というわけで、特に崩壊した旧ソ連邦を中心に、グループの再編成に向けた動きが活発化。その過程で、さまざまな問題が持ち上がってきたわけです。

 それにつれて紛争の形態も変わってきています。特に、以前は多くの場合、国家が紛争の単位であったものが、最近は必ずしも国家単位のものではない紛争が多くなってきているのが特徴です。なぜなら、中央の権力が弱くなると、それにかわって今まで封じ込まれてきた民族や宗教集団などの力が強くなってきますし、また大国の後ろ盾を失った政治組織が自己勢力の保持のために、民族や宗教団体の力を利用し出したりするからです。ですから、ソ連崩壊後、各地で民族紛争や宗教がらみの紛争が頻発したのも、戦後の国際政治システムが崩壊した影響だと考えていいでしょう。

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